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​代表挨拶

​弊社のホームページを閲覧いただきありがとうございます。
NB Style Tokyoの創業者である代表の時岡です。ご挨拶も兼ねて、
私がこの会社を創業した理由やこれまでの経緯を皆様に
お伝えをさせていただきたいと思います。

 東京都世田谷区出身。私は小学2年生の頃に友人の母の誘いでサッカーを始めました。
サッカーを始めて2、3年で千葉県内のにあるJリーグ下部組織の柏レイソルのセレクションを受け、300人近くの中から5人選出され見事その中の1人として選ばれ合格しました。小学6年に行われた全国少年サッカー大会では初めての全国制覇を経験しました。

高校では全国でも名門である千葉県の流経大柏高校にオファーをいただきプレーをしました。1年生からトップチームでプレミアリーグやインターハイや冬の選手権でプレーをさせて頂き、卒業するまでには全国高校サッカーインターハイ優勝、冬の高校サッカー選手権では準優勝というタイトルを手にしました。高校2年時にはadidasの招待でドイツのadidasの本社に招待していただいたり、バイエルンミュンヘンの練習参加や、イタリアのACミランの練習参加をさせていただいたり、イタリアのミラノで行われたUEFA Young Chanpions Lに出場しそこでは見事優勝しました。自分は世界一の得点王としてタイトルを手にすることができ、その時からヨーロッパでプロサッカー選手としてプレーしたいと思うようになりました。

 高校卒業時にはJリーガーとしてプロにはなれず、大学でもう一度頑張りプロになろうと推薦で進学したのは大学サッカー名門である順天堂大学でした。そこでは監督に気に入られずトップチームではプレーできず、一般の方でも入れる部活だったのでCチームで一般の方たちとプレーを1年間しました。自分にとっては屈辱でやめたいと思い、海外でプロとしてプレーしたいという思いもあり、両親にお願いをし、大学を辞めスペインのマドリードにあるチームに移籍しました。

スペインでは2年ほどプレーをしましたが、コロナの影響もあり日本に帰国しなければなくなりました。Jリーガーになるために3チームほど練習参加をしましたが、契約を掴むことはできませんでした。素晴らしいサッカー人生はここで終わりました。『自分にはサッカーが向いていない。』という想いや、『燃え尽き症候群』が
付き纏い大好きなサッカーを辞める決断をしました。


ただ、この素晴らしいサッカー人生を歩めたのは、家族の支えがあったからです。
いつかプロサッカー選手になって両親に恩返しをしたいという想いがありました。
それは家族と共に夢を追いかけて来たからです。
決して一人では夢を追いかけることはできませんでした。


私には新しい夢があります。私のように夢を持って生きている方は世の中にはたくさんいると思います。
ですが、一人ではその夢を実現するには困難です。必ず誰かの支えがあってこそ実現できるものです。
例えば、辛い時や苦しい時、嬉しい時があれば、それを伝えられる仲間や環境があるだけで、夢や目標に向かって
取り組んでいきやすくなると思います。
私はそのような環境を作ってみんなで実現していきたいという夢があります。
そのためにこの会社を設立しました。




 

NB Style Tokyo
代表 時岡 寛拓

『夢と共に生きていく』

この理念には、
これまでの私の人生とこれからのNB Style Tokyoの想いが込められています。
夢や目標は必ず実現できます。
ですが、実現できる人はその夢や目標に向かって
追いかけ続けることができる人だけです。
これからの人生を変えたい、それに向かって日々取り組んでいきたい方は、
ぜひ弊社と共に夢を実現するために活動していきましょう。
私の想いに共感したあなたをお待ちしております。

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